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全ては仮説と検証

Webに関する集客などの悩みを解決。情報活用・プログラミング教育が専門、佐藤雄大のブログ

第27回富士五湖118km完走しました。72km地点でリタイア未遂

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写真をみると、ボロボロですね。

 

マラソンをして、はじめて涙があふれたのは、はじめて100kmを完走をした、
富士五湖100km。

 

当時は、去年サロマ湖100kmを40kmでリタイアし、もう一生、100kmは完走できないのではないかと、絶望していました。

 

当時は毎回、30kmで膝を痛めてしまいます。膝は基本的にはトレーニングがあまりできない部位なので、厳しいなと。ずっと悩みながら、トレーニングや走り方のフォームを変えて、臨んだので、格別に嬉しく、涙があふれました。

 

その後、100kmや砂漠を走りましたが、涙はでませんでした。感動はしましたが。

 

今回、最初の20kmは非常に調子がいいなと思ってました。

 

最初の時、Hさんにも会うことができました。仮装して、走れちゃうのが本当にすごいなと。

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悪くても、60km地点まではサブ10を目指せるぐらいのペースにはなるだろうと予感していました。遅くても100km11時間ぐらいになるかなと。

 

結果、最悪で、よく完走できたなと。

 

10km地点で、靴のソールが一部壊れた。後々、アキレス腱の腫れや膝の痛みやマメが両足に4つでき、ソールが壊れた部分のほうの足は、マメが潰れてぐちょぐちょでした。

 

約15km地点に服を脱ぎ捨てるサービスがあり、脱ぎ捨てました。


これが最悪の結果を及ぼし、走っていても、風が冷たく、体温が上がらず、体が全く動かない状況になりました。日中、もう少し温かくなる計算がハズレでした。

 

低体温症の二歩ぐらい手前ぐらいな感じでした。

 

そんなことがあり、30kmから40kmのラップで既に1時間10分。
40kmから50km地点では、72kmに挑戦した、仲野整体の仲野さんに会うことができました。

 

走りながら、いろいろと雑談し、並走することで、1時間3分まで、戻しました。

 

最終的に制限時間を考えると、ここで仲野さんに会えたのも、運が本当によかったと思います。

 

ついていけなくなり、1時間27分とかなりの時間がかかっています。
そして、とうとう、60kmから70km地点では、1時間36分もかかっています。

 

頭の中で計算して、このままのペースでは、全く完走できないので、72km地点でリタイアを決意。


不思議で、70km地点で、100kmにエントリーしていれば、あと30kmだから、頑張ろうという気持ちになるのですが、118kmだと、まだフルマラソン以上の距離が残っていると思うと、心が折れました。

 

ちなみに、電話で妻にリタイアするわーと言っておいたので、妻が次の日、完走したことを知って、少し驚いていました。

 

そして、次のエイドで、リタイアの申告したら、ここはバスが来ないので、次の大きなエイドでリタイアしてくださいと言われました。

 

しょうがなく、あと3km移動したのですが、制限時間が30分余ってました。


リタイアしますと言ったら、まだ、時間があるし、多少元気そうだから、本栖湖一周すれば?と言ってくれたので、そんなものかと思って、走り始めました。一周なので、同じエイドにたどり着くことができます。

 

とはいえ、走り始めた時、エイドから、どんどん離れていく自分。

・非常に辛い状況なのに走っている自分
・今のペースでは完走できないという辛さ
・リタイアするのも本栖湖1周しないとどうしようもできない感じ。


様々な感情が湧き出て、もう、戻るのも大変だと思った時、自然と涙がでてきました。サングラスをしているので、他の人にはわからないとは思いますが。

 

とはいえ、このエイドが分岐点で、自分の荷物を置くことができました。
夜に備えて、上着を入れておいたのが、本当によかったです。ここから、普通に汗をかくことができ、徐々にペースを元に戻すことができました。

 

90kmから100km地点は1時間7分までペースをあげることができました。

 

98.9km地点で、関門6があるのですが、流石に100km走ってリタイアとか、もったいなさすぎるだろうという欲にかられ、そして、ここで、完走できそうだなと感じました。

 

とはいえ、もうこの地点で、左足のアキレス腱が腫れていました。アキレス腱って腫れることをはじめて知りました。

 

残りは、時計を見ながら、完走タイムに遅れないように、計算し、ほぼ歩き、走るのは極力避けながら、なんとかゴールにたどり着きました。

タイムは最終ゴール5分前でした。

 

寒い中、一緒に走った宮崎さんと仲野さん家族が出迎えてくれました。
本当に心から、感謝いたします。感動して、ついウルウルと。。。ありがとうございました。

 

次の日、、、もう全く動けませんでした。過去最高に、ボロボロです。
洗濯物を干すのも一苦労です。アキレス腱は大事にしないといけません。。。

 

普通に何度も、弱気になり、一度は完全に諦め、でも最後はなんとかたどり着き、
本当に不思議な境地です。もし、その場でリタイアできてたら、確実にリタイアしていたわけで。。。

 

100km以上のレースは何かしら、絶対に起きますね。何もないことはまずない。その中で、どうやりくりするかが、100km超の楽しみ方なのだと思います。今まで、制限時間を気にしたことなんて、なかったのですが、今回は、逐一確認しました。

 

もう2度と走りたくないと思っていたのですが、誘われたら、また次走ろうと思います。